私たちの歴史

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文久2年(1862年)創業
みりんを造り続けて150余年

カンキョウ酒造は、1862年から蟹江町で、良質の原料を使用したみりんを造り続けてきました。
敷地内には、今でも歴史を感じさせる伝統的な建物が残っています。

カンキョウ酒造の
成り立ち

カンキョウ酒造の歴史は、今から150余年前の文久2年(1862年)にさかのぼります。
初代山田平八が濃尾平野で収穫される豊富なもち米を原料とし、縦横にはしるクリークによる便利な舟運を利用して
みりんの製造を始めたのが最初です。昭和29年(1954年)には、清酒四天王の醸造を開始。
現在でも、地元濃尾平野や国内産のお米を原料に、本物と呼ばれるみりんや日本酒を醸造しております。
また自社製造の米麹を使用したあまざけや発酵調味料を製造するなど、
時代に求められる本物を追求して、日々活動しています。

屋号の由来

現在の屋号である甘強みりんに名称変更したのは、昭和10年(1935年)。
甘みや旨みの強い本物のみりんを造り続けるという想いから、
甘強みりんと命名されました。

カンキョウ酒造の使用するお米は厳選されたものを使用。
よい原料だからこそ、よいみりん、日本酒や米麹が出来るのです。

登録有形文化財建造物

敷地内には現在、江戸から昭和にかけて造られた蔵・作業場及び住宅、
事務所があります。

その歴史的価値から、みりん工場(明治初年築)、旧本社事務所(昭和12年築)など4棟が文化庁の「登録有形文化財建造物」として登録されました。

登録有形文化財とは

貴重な建造物をより多く残すための制度で、建築後50年経過し、
次の3つの基準を満たす建造物を国が指定するもので、いわば未来の重要文化財の候補です。

[登録有形文化財基準]

1. 国の歴史的景観に寄与している
2. 造形の規範となっている
3. 再現することが容易でない

歴史を感じる建物
味醂蔵
濃尾地震(1891年)で作業場等が半壊しましたが、明治の終わりには現在の形に整いました。
明治38年(1905年)ごろ新築された土蔵造ですが、その南側、西側外壁の下半分が
赤レンガの壁になっており、このレンガが囲む内側はかつて麹室(こうじむろ)でした。
住宅(現在も住居として使用)
住宅は大正11年(1922年)ごろに柱などの構造材、材料を蟹江川から運びこみ、
数年かかって建設されたものです。
1階には店と呼ばれていた事務所部分があり、茶室も併設されています。
事務所(現在も事務所として使用)
昭和13年(1938年)建設の、愛知県西部に残っている数少ないRC造の建物です。
堤防敷き(いわゆる土手)の斜面に建っており、住宅側から見ると3階建てで
地下部分は倉庫になっています。
1階は事務所、2階は会議室と和室で、住宅の2階に渡り廊下でつながっています。
外壁は少し黄緑がかった黄土色の美しいスクラッチタイル貼りです。
堤防側には、御影石の基段の上からテラコッタ系のタイルが枠取られていてアクセントになっています。
窓枠は高く、腰壁から梁下部までとられています。
(現在は外観を損なわないよう配慮されたサッシに取り替えられています)
屋上はタイル貼りでしたが、アスファルト系の防水に変更されています。
内部は漆喰のシンプルな仕上げながら、巾木部分にデザインされたタイルの美しさが目を引きます。
建物全体として、窓枠を除き建設当時の姿をとどめています。

参考文献:「愛知県の近代文化遺産」(愛知県教育委員会編)137ページ